世界カジノ史:1638年から大阪IRまで
400年を7つの節目でたどる。場所が変わるたび、カジノの形も変わった。
HISTORYPHOTOTIMELINEラスベガスの看板。Photo: APK via Wikimedia Commons (CC BY-SA 4.0)
ヴェネツィアのリドット
政府が公認した賭博場の始まりとされる。カーニバルの季節の秩序維持が目的で、貴族の遊びを管理下に置いた。1774年に閉鎖されたが、「公認・管理」という発想の原型になった。
モンテカルロ:ブラン兄弟の賭け
単一ゼロのホイールを持ち込んだブラン兄弟がモナコのカジノを育て、欧州王侯の社交場にした。映画の舞台にもなる「格調」の原型がここにある。
Photo: Fruitpunchline via Wikimedia Commons (CC BY-SA 4.0)
ラスベガス:合法化とフラミンゴ
1931年のネバダ合法化、1941年のエルランチョ、1946年のフラミンゴ。戦後の資金とショービジネスが砂漠に都市を作った。看板のネオンがそのまま時代の記録だ。
Photo: Matt Kieffer via Wikimedia Commons (CC BY-SA 2.0)
マカオ:独占から開放へ
1962年のSTDM独占から2002年の開放へ。グランドリスボアの蓮の塔が象徴するように、マカオは世界最大のカジノ都市になった。主役はバカラであり続けている。
Photo: Kroisenbrunner via Wikimedia Commons (CC BY-SA 4.0)
シンガポール:IRモデルの誕生
2010年に開業したマリーナベイサンズとリゾート・ワールド・セントーサ。カジノ・ホテル・MICE・観光を束ねた統合型リゾートの完成形で、日本のIR制度の直接の参照先になった。
Photo: Moheen Reeyad via Wikimedia Commons (CC BY-SA 4.0)
フォトギャラリー

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Photo: Holiday Point via Wikimedia Commons (CC BY 2.0)
年表の使い方:大阪IRを8つ目の節として読む
7つの節は「場所が変わるたび、カジノの形が変わった」ことを示している。ヴェネツィアの管理、モンテカルロの社交、ラスベガスの娯楽産業、マカオのVIPと転換、シンガポールのIRモデル。その先に大阪IRがあるとすれば、8つ目の節は「非ゲーミング中心・短期更新の規律・日帰り圏と滞在圏の両立」が主題になる。年表は過去の記録ではなく、大阪の設計図を読むための物差しだ。詳しくは大阪IRファイルへ。